このデモンストレーションはヘッドホンを使って聴くことをお勧めします。
Smithら[1]はSchroeder位相の調波複合音をマスカとしたときの純音に対するマスキング現象を調べた。Schroeder位相の調波複合音の時間波形 m(t) は式(1)のように N個の倍音成分を足しあわせた形で表される。n は倍音の次数である。
m(t) = ΣAcos(2πnft+θ(n)) …… (1)
θ(n) = -πn(n+1)/N …… (2)
式(1)における符号を + として合成した調波複合音を m+位相、- としたものを m-位相とすると、m+位相マスカによる純音のマスクト閾値は、m-位相マスカのそれに比べて最大で20dBほど大きくなることを、彼らは発見した。その原因は、基底膜におけるフィルタリング後の波形の振幅包絡の‘谷間’部分の長さが影響するため、と考えられた。Kohlrauschら[2]は、同様な複合音をマスカとし、マスキを短音として、時間的なマスキングパターンも測定している(Kohlrauschらの論文では、式(1)をsine波で表しているため、m+とm-位相条件は、Smithらの論文とは逆になっている)。図1に基本周波数が100HzのSchroeder位相調波複合音を gammachirpフィルタ[3]に通した波形を示した。
図1. cf=1100Hz, gammachirpフィルタの出力
マスカ : m+位相調波複合音とm-位相調波複合音, 基本周波数100Hz, 1〜20倍音
純音 : マスカ成分音と同位相, 1100Hz, マスカ成分音との相対レベル -5dB
最初に純音、次にm+位相マスカ、m-位相マスカのそれぞれに純音を付加した刺激音の順に提示される。どちらの位相条件の方が純音を聞き取りやすいか?
Sounds (8000Hz-Sampling, 8bit, μ-law, 1.67sec.)
西村らは、調波複合音にマスクされる純音の検知と周波数弁別について調べている[4,5]。マスカとして、sine位相で合成した調波複合音(式3)とalternating位相で合成した調波複合音(式4)が用いられている。
msine(t) = ΣAsin(2πnft) ……(3)
malt(t) = ΣAsin(2πnft + (n mod 2)π/2) ……(4)
その結果、マスカの基本周波数や純音の周波数によっては、sine位相マスカ条件の方が、alt.位相マスカ条件より純音のマスクト閾値が高くなること、あるいは、その逆も起こりうることを示した。このことは、聴覚フィルタ出力波形における振幅包絡の形状のみが、マスキ検知の手がかりとなる訳ではないことを示している。
マスカ : sine位相調波複合音とalt位相調波複合音, 基本周波数100Hz, 1〜38倍音
純音 : 3216Hz, マスカ成分音との相対レベル -5dB
最初に純音、次にsine位相マスカ、alt.位相マスカのそれぞれに純音を付加した刺激音の順に提示される。どちらの位相条件の方が純音を聞き取りやすいか?
Sounds (8000Hz-Sampling, 8bit, μ-law, 1.67sec.)
図2. cf=3200Hz, gammachirpフィルタの出力
マスカ : sine位相調波複合音とalt位相調波複合音, 基本周波数200Hz, 1〜19倍音
純音 : 1608Hz, マスカ成分音との相対レベル -5dB
最初に純音、次にsine位相マスカ、alt位相マスカのそれぞれに純音を付加した刺激音の順に提示される。どちらの位相条件の方が純音を聞き取りやすいか?
Sounds (8000Hz-Sampling, 8bit, μ-law, 1.67sec.)
図3. cf=1600Hz, gammachirpフィルタの出力
akira@rsch.tuis.ac.jp