マルチチャンネルステレオ方式における収音方法に付いては、これまで様々な手法が提示されているが、異なる収音現場の音響特性、マイクの機種、音源の種類などの要因が多いため、普遍的な収音手法は未だ確立していない。
東京芸術大学の亀川徹は定位感の再現に着目し、試聴実験で左右間のマイクの距離、センターマイクの位置、センターマイクの指向性を変えることで、定位の再現性がどのように変わるかを調べ、それらの結果から前方3チャンネルのマイクロホンの収音手法を考察した。しかし、亀川徹は試聴させた音源はシミュレーションによって制作していて実音源ではない。そこで、李振耕が平成19年度卒業論文で、左右マイクの指向性、センターマイクから音源までの距離、全体のマイクの高さを取り上げ、東京情報大学メディアホールで実際に録音し、その録音した音源を再生した場合、音像の方向と拡がりにどう影響するかを考察した。しかし、李振耕の実験だけでは部屋の構造などの条件が変わった場合、音像の方向と拡がりにどのような影響がでるかわからない。そこで、本研究では李振耕の実験と比べ、部屋による違いが再生時の定位や拡がりにどう影響するのかを調べることを目的とした。
実験は、はじめに東京情報大学学生会館多目的ホールにて5つのスピーカー(左端から順番にLL、L、C、R、RRと名づけた)からでる音を3本のマイクで収音する実験を行った。その後、収音した音を3つのスピーカーで再生し、被験者に定位と拡がりについて答えてもらい、最後にその結果を分析した。
実験の結果、李振耕の実験では録音した音源の方向に比べL方向、R方向の定位が外側へずれている傾向があるが、本実験ではL方向、R方向については録音した音源の方向と知覚される音像の方向とにあまり差はでていない。しかし、LL方向、RR方向では、録音した音源の方向とあまり差がでていない李振耕の実験と違い知覚された音像の方向が内側によっている。これにより部屋が違うという要因は、音像の定位に影響を与えるといえる。
拡がりについては、今回の実験、李振耕の実験と部屋が変わっているのにもかかわらず、お互いに左右マイクが単一指向性よりも無指向性のときに拡がって聞こえていることがわかった。よって、拡がった音を聞かせたいなら左右マイクを、無指向性にすればいいということがわかった。