人は音楽を聴くと、「きれいな」「力強い」「華やかな」などいろいろな印象を受ける。音楽の明るさもそのひとつで、長調・短調、テンポ、音域などの様々な要因で変化する。一般的に、「長調は明るく聞こえ、短調は暗く聞こえる」と言われていて、テンポが速い、音域が高いと明るく聞こえるが、これらの要因が明るさに及ぼす影響の定量的関係は明らかにされていない。
音響学の分野では、楽器音や騒音などの音色における「明るさ」の印象が「スペクトル重心」という物理的な量で直接的、定量的に測定できることが明らかにされている。
過去の音楽的明るさの研究では、純音を用いた旋律によって、演奏音域の効果やテンポの効果について調査を行っているが、倍音構造については取り上げていなかった。
一般的な音楽は、純音だけではなく、複合音による旋律が用いられる。よって、この研究では、複合音の倍音構造、長調・短調、音域が音楽の明るさに与える影響を調べるものである。
実験で使用する音は、長音階、長音階低音、短音階、複合音1(1〜3倍音)、複合音1低音、複合音2(1〜6倍音)、複合音2低音の7つの音である。これらの音を聴いて感じ取った「明るさ」について、Scheffeの一対比較法(浦の変法)を用いて評定させる。これは、2つの音を組み合わせて、前後を入れ替えたものは別のものとみなし42通りの組み合わせをつくる。それぞれに対して、「前の方が非常に明るい」〜「後の方が非常に明るい」までの7段階の評価を行った。
従来の研究結果と今回の結果を比較すると、従来の研究結果では短音階と長音階低音がだいたい同じくらいの明るさになったが、今回の実験では短音階のほうが明るく聴こえていて、長音階低音のほうが暗く聴こえている。音楽経験者と未経験者では、未経験者の評価の範囲は広く、経験者の評価の範囲は狭くなっている。未経験者は、高次倍音が含まれている方を明るいと判断している。つまり、音色によって旋律の明るさを判断している。一方、経験者は、二種類の倍音の評価にあまり差がないので、音色で旋律の明るさを判断していなかった。さらに、クラスター分析で同様な評価の傾向を持つ被験者のグループ分けを行ったところ、2つわかれたが、音楽経験者と未経験者で分かれなかった。グループ分けを行った結果、倍音で明るさを評価している人と、旋律の開始周波数に応じて旋律の明るさを評価している人がいることが分かった。