情報大ステーション2006第17回『作った!漕いだ!手作りボートレース』の制作 [東京情報大学] [情報文化学科] [平成19年度卒業研究概要集] [平成19年度ゼミのリスト] [ゼミ学生一覧]
伊藤 敏朗 ゼミ 平成19年度卒業論文
情報大ステーション2006第17回『作った!漕いだ!手作りボートレース』の制作
田邊 歩

この作品は、2006年8月、東金市の八鶴湖で開催された「八鶴湖ボートカップ」に初挑戦した県立東金商業高校の4人の男子生徒たちの姿を描いたものである。

八鶴湖は、JR東金駅の西にある、桜の名所としても有名な周囲800メートルの人造湖である。近年、その水質劣化が問題となり、地元の商工会議所が中心となって、八鶴湖の環境への関心を高め、地域おこしにもつながるイベントとして、市民による手作りボートレース「八鶴湖ボートカップ」が始まった。参加するボートは、参加者が自作したものであること、破損しても湖を汚さない素材を使うことなどが条件である。レースもただスピードを競うだけでなく、デザイン、パフォーマンス、乗船者の平均年齢などのポイントが加味されて総合順位がつけられるようになっている。2006年で第11回目を迎えた。

番組では、まず、スタジオで八鶴湖と八鶴湖ボートカップについて紹介し、東商の生徒たちがボートカップに参加することになった目的が語られる。次に、映像レポートで、彼らが校内で密かにボートを製作している様子を紹介する。この場面は、メンバーの一人が潜入レポーターに扮して製作現場に突撃取材するというショートコント仕立ての演出である。ボートの構造や製作工程を見たあと、こんどは生徒たち自身の体力づくりの様子の紹介となり、ここでもスポーツ根性ドラマ風のショートコントが展開される。こうして東商の生徒たちは意気揚々と大会当日に臨む。ボートレースの幕が切って落とされ、各チームは思い思いの手作りボートで優勝を競う。タイムを競うチームもあれば、ユニークなデザインで笑いを誘うボートもある。レース中のハプニングなども実況形式で紹介していく。ここで、いったんスタジオにもどり、司会者が東商チームの順位を聞くのに対して、高校生は指を1本立て、これが結果だと言い、司会者を驚かせる。そこでいよいよ彼らの作ったボート「トキの里」号が出艇したレースの模様を見る。初めての参加ということで"沈まないこと"を第一義に作られた「トキの里」号の船足は遅く、結果は最下位に終わってしまう。表彰式の後は、この大会の大きな目的のひとつである参加者全員による湖畔の清掃作業"クリーン作戦"となる。最後にスタジオで、司会者が「なるほど確かに」と指を1本立てて納得する。高校生が、「たしかに順位は最下位だったが、自分たちでボートを制作して完走できたことで、最高に感動し楽しい思い出を作ることができた」「大会に参加して、地域を挙げて八鶴湖の環境を守っていこうという意識が高まることの大切さを学んだ」などと、このイベントの意義を述べ、番組を締めくくる。

この作品で描きたかったことは、市民による手作りボートレースというイベントを通じて、人々が楽しく交流しながら環境問題に取り組む様子と、そこに参加した地元高校生たちの若者らしく爽やかな姿である。制作にあたっては、何よりも高校生のきらきらした笑顔を捉えた楽しい番組にすることを考えながら演出した。ショートコント風の場面も演じてもらい、情報大ステーションの中でもユニークな番組になったが、結果的に高校生たちの真面目で情熱的な様子や、イベントに集った人々の楽しさがよく伝わる作品になったと考えている。ストーリーの展開のスピードにも緩急をつけ、ともすれば似たような映像ばかりになりがちなレースの模様を、変化をつけながら見せることで、視聴者に飽きのこない番組にできたのではないかと思う。そのために素材の選択やスタジオ収録には多くの時間を要したが、さまざまな角度から構成を検討したことで、番組としてうまくまとめることができ、良い結果が出せたと考えている。

この作品の評価については、一般的によく知られる、速さだけを競うボートレースと違った「手作りボート」ならではの参加者の苦労や情熱・ドラマが新鮮で、この様な形式のボートレースがあることを知ることができただけでも為になった、というものが多かった。このような評価があったのは、シナリオや編集でのこだわりによって、自分が取材で得た感動や楽しさを視聴者に伝えられる作品にできたからではないかと考える。

この作品の制作を通じて、スタッフも含め、取材に関わる人々と協力していくために、状況に気を配り、どこで誰が何を求め、今何が行えるのかを理解するコミュニケーション能力が大切であることを学んだ。また、想定しているシナリオに合わせて映像をカメラに収める難しさ・楽しさを知ることが出来、ディレクターとカメラマンの心構えを、より深められた体験になったものと思っている。