近年『薬指の標本』がフランスで映画化され『博士の愛した数式』が読売文学賞、本屋大賞を受賞し、日本でも2005年映画化された小川洋子。1988年デビュー作『揚羽蝶が壊れる時』で海燕新人文学賞、2004年『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、2006年『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞を受賞した。また、『妊娠カレンダー』(1991年芥川龍之介賞受賞)に収録されている、『夕暮れの給食室と雨のプール』がアメリカの週刊誌『ニューヨーカー(http://www.newyorker.com/)』2004年9月6日号に英訳され掲載され、その活躍の場は国内外問わず著しい。「すべての物語はいつも、美しい人が何かをなくすことからはじまる。」(ユリイカ2004年2月号特集小川洋子)この言葉に象徴されるように、作品の中で主人公はあらかじめいつも何かを「喪失」している。(もしくはそれに近い状態で存在している。)それに対し他の登場人物は、決して熱する事なく淡々と冷静で「傍観」「静観」「諦観」「達観」し、最終的には「享受」する。その低体温な姿勢は時に主人公自身に及び、曳いては読者までをも巻き込む。そしてそれが、「残酷」「耽美」「官能」「フェティッシュ」などと評される。
人間の絶対的なテーマとして、しばしば「喪失」というものが挙げられる。そしてその「喪失」と対になって語られるのが「克服」である。しかし、小川は作中で一貫し「喪失」を「享受」することを示し続けている。「喪失」「克服」「享受」の概念を柱とし、小川の作品から生き方を学んでいく。